迷 路

迷 路

”the Labyrinth”というのをご存じだろうか。古くはカトリックの一つの瞑想のために作られたものだという。

単純に地面に描かれた迷路だと思えばいい。私がこれに初めて出会ったのは、ある修養会での会場だった。カトリックの施設だったので、美しい庭の一部にthe Labyrinthがあった。カリフォルニア南部の緑豊かな丘の上、海を見下ろす静かな丘だった。

修養会の講師が、黙想の一つとしてぜひ試すといい、ということだったので試してみた。

地面にすべての線が見えているので、迷うこともないのだが、ショートカットもない。曲がりくねった道筋を延々と進んでいく。


単純だが、根気がいる作業で、脳が働くほど刺激的というわけでもない。ただ、進んでいく。

歩きながら、単純作業で、ぼんやりと何かを考える。

このサークルはうまく円内のすべての道を通っていくように出来ている。
だから、長い。


円の中央のちょっとしたスペースににたどり着くために、ぐるぐると、近そうで近づかない、近づいたかと思ったら遠くなる順路を延々と巡る。

 

チャプレンシーのクラスのJ先生がある日こんな話をしてくれた。先生は子供さんを20代の半ばで病気で亡くしている。

「みんなthe Labyrinthというのを知っているかい?私はあれをやったことがある。半信半疑だった。
なんの子供だましをやっているのかと思った。

でも、円の周りをまわるにつれて、涙が溢れてきた。近くにいるのに、近くに近づいているのに、近づけない。近づいたかと思ったら離れていく。シーソーのように、その繰り返しなんだ。

円の中央に立った時、息子を失った苦しみのことを振り返ったよ。手放せないってことはわかっているけど、神さまに、私のこの苦しみをここに置いていきます。


置いていかせてください、って言って、帰ってきた。また、ぐるぐる、帰りの道はよかった。心が軽くなったよ。山から下りてくるみたいに、また一歩一歩帰ってくるんだ。みんなもやってみるといい。」


遠くなりも、近くなりもしない。人生の周縁を歩きながら。Labyrinthには、行き止まりも、戻り路もない。ただ、まっすぐに、着実に前進している。うろうろと迷ってはいるが、必ず中央にたどり着き、そして帰ることが出来る。


ソウルケアの働きがLabyrinthのように、迷いながらも神に出会い、魂の旅路を進んでいくスペースを提供する場になったら、いいなと思う。

執筆:池田優美/Yumi Morse Ikeda

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